ねむの木学園とレッジョエミリア教育の共通点

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1968年に、日本で初めての肢体不自由児のための養護施設として、宮城まり子さんによって設立されたねむの木学園。「だめな子なんかひとりもいない」という理念のもと、生活教育・義務教育を受けられないこどもたちに、感性と感受性を大切にすることで集中力を養う教育をつづけています。絵画・音楽・茶道などにおいて大きな成果をあげ、子どもたちが書いた絵は、パリ市立近代美術館での美術展やエルメスのスカーフに起用されたりしています。いまは、ねむの木村として学園や卒業生などが運営するお店などが並んでいる場所が、静岡県の掛川市にあります。藤森照信さんが建てた美術館も素敵です。

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ねむの木学園の教育=「教えない」

さて、そんなねむの木学園。ここの教育の根本は「教えない」ということなんです。

以下に引用する、ねむの木学園を創設したときの考え方こそ、クリエイティブ教育の根本だと思うのです。お時間あるときに学園のウェブサイトに全文が載っていますのでご覧ください。

 海岸にかにがたくさんいるわけないのに、こどもから見せられた絵は、海と砂浜でした。砂浜に蟹がたくさん遊んでいました。

蟹をこの子は、みたことがない、すぐ感じました。「蟹ね、自分で書いたの?」きつい心の言葉でした。「ううん、先生が二つかいてくれて、これみたいにかきなさいっていたのよ」それは、素直な言葉でした。

 私は、率直答えたこの、その頭をなぜてあげながら、いかり狂っていました。その蟹は足が六本でした。ハサミもありませんでした。目玉は少し出っぱって二つ、知恵がおくれているから、足も足りない、はさみも足りない知恵おくれのこは、数がわからないから、わざと、おくらしたのでしょうか?

 「ちがうよ」言葉になりそうになったのを、ぐっとこらえました。

人間を尊重していない・・・お友達の谷内六郎さんに遊びに来てもらって、私たちは、放課後、美術クラブをつくりました。砂丘とカニなんて題をつけるから、束縛されるんです。自分の思ったまま、感じたまま、谷内さんも私も同じ意見でしたので、そばで別のことしながら絵をかく雰囲気をつくることにしました。二人とも、決して教えませんでした。

出典:http://www.nemunoki.or.jp/negai.html

ねむの木学園の子どもたちの絵は、こんなものになっています。

シャル・ウィー・ダンス ほんめ としみつ

あじさいの中のふたり むらまつ きよみ

ちびこ ほんめ つとむ

 

レッジョ・エミリア教育について

このねむの木学園の考え方はは、イタリアのレッジョ・エミリア教育と共通するところがあると思うのです。レッジョ・エミリア教育は 「子どもたちは100の言葉をもっている。そのうち99は大人によって搾取されている」という基本概念をベースに、子どもたちがもともと持っているものを引き出すことに力点がおかれています。

レッジョ・エミリアの教育の特徴のひとつに「プロジェクト活動」というものがあります。これは1つのテーマを、子どもたちや保育士や大人たちが一緒になって掘り下げていく活動。数カ月から場合によっては、1年以上といった長期間になることもあります。

 展覧会の作品を作る場合、子どもたちが自分で作るのか、みんなで作るのか、ということを自分で決める。そして、「何を作るのか」「どのように作るのか」などを話し合いながら進めていきます。とにかく「探求」を大切にして、作り上げていくのです。

STUDYの原体験を

こんな2つの例を見ていたら、studyという単語が頭に浮かんできました。

studyとは勉強とも訳しますが、研究といった意味合いも濃い言葉ですよね。少し調べてみると面白いことがわかりました。

studyの語源は、ラテン語のストゥディウム(studium)で、その意味は「情熱、熱意」や「何かのことに没頭する」とのこと。「遊びの反対語は何?」と聞いてみると「勉強」という答えが99%くらいで帰ってくるかと思いますが、実はそうではなさそうです。

子どもたちがもともと持っている探求するチカラを、きちんと伸ばしていくことが、クリエイティブ教育の出発としては大事になってくるんだと思います。

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